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2006年1月31日 (火)

介護の妻を殺害、執行猶予判決の夫が自殺

世の中には、いろいろなニュースがあるけど、「認知症の妻を絞殺したとして殺人罪に問われ、懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を受けた夫が、拘置所を出所して4日後に飛び降り自殺していたというニュース」には、ちょっとマジで考え込んでしまった。

悲しい出来事と言えば、勿論そうなのだが、それ以上にやるせない気持ちになるのは、何故だろう?

そもそもは、「30年以上連れ添い、認知症の症状が現れた妻を一人で介護していたが、回復の見込みがないことに絶望し、妻の首をネクタイで絞めて窒息死させ」たことが原因のようだが、誤解を恐れずに言わせて貰うと、これは、長年連れ添った妻のそうした姿を見るに見かねての行動だったのではないのだろうか。
勿論、介護疲れもあったかも知れないが、「妻を一人で介護していた」ことを考えると、妻のそうした姿を他の人に見せるのが忍びなく、介護施設などを利用しなかったんだろうなぁ。一人で抱えた荷が重すぎたのか、それとも妻を最後まで愛しているが故の行動だったのか・・・。

「自殺しようとしたが死にきれず、同署に自首した」ということは、彼も後を追うことをその時から考えていたのか。

「執行猶予5年の有罪判決を受けた夫」にとっては、その温情裁判ともいえる判決が却って罪の意識をかき立てたのかもしれない。
殺人は相手が誰であろうと動機は何であろうと立派な犯罪であることには違いない。
しかし、執行猶予付きという、妻を殺してしまった、いや殺さざるを得なかった彼の気持ちを汲んでの温情が、彼の贖罪意識を倍加させた可能性もある。罰を受ければ少しでも罪の償いが出来ると考えていたかもしれない彼にとっては、温情こそが「一番の罰」だったのだろうか。

罪の意識によるものなのか、それとも連れ合いを失ったが故の孤独に耐え切れなくなったのか、彼は自らの命を絶って妻の元に旅立ってしまった。
映画やドラマのプロットとしては使い古されたものかも知れないが、現実問題として、このような事件に対しては、どのように接すればいいのか、受け止めればいいのか、分からない。

我の家族、親戚には認知症の人や寝たきり状態という人がいないので、世間一般で言われているような「介護」が切実な問題として受け止められていないのは事実。
「介護」問題に対しては、心のケアだとか、保険がどうだとか、制度がどうだとか、喧々諤々の議論があるんだけど、漠然として「そのうち大変なことになるのかも」という危機感はあるが、だからと言って、我なりの確固たる考え方とかあるわけでないので、こうした事件を見聞きするたびに、ふと考えてしまったり、やるせない気持ちになったりするのだろうな。

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